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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2412号 判決 1988年6月16日

控訴人

小堀観光こと

小堀雅史

右訴訟代理人弁護士

寺沢勝子

被控訴人

甲野太郎

甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士

渡部史郎

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目裏一二行目の「懲役三年及び罰金二〇〇〇ドルに処する、」の次に「但し、」を加え、四枚目裏五行目、五枚目表四行目の各「尽くし」を「尽し」と、五枚目裏九行目の「席」を「籍」と、各訂正する。)。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>によれば、本件の事実経過として次のとおり認めることができ、右認定に反する<証拠>は、前掲各証拠に照らしてにわかには措信し難く、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

1  控訴人は、「小堀観光」の名称で国内旅行業者を営む者であり、もとより海外旅行を取り扱う資格はないが、海外旅行を希望する客に対しては、業務提携をしている日本旅行社等の国内旅行を取り扱う業者から手数料を取つて紹介していた。なお、本件当時、右「小堀観光」の業務に常時従事していたのは、控訴人のほかは後記石田勢津子のみであり、控訴人の妻小堀順子が留守番などの形で時々手伝うことがあつた。

2  被控訴人太郎は、暴行による逮捕歴のほか、脅迫、覚せい剤取締法違反等の前科を有し、服役した経歴を有する者であるが、被控訴人花子とともに、新婚旅行としてハワイに行くことを計画し(婚姻届がなされたのは、後記ハワイから帰国後の昭和五九年五月八日であつた。)、被控訴人太郎がその友人鷹尾敏弘に右意向を述べたところ、鷹尾はその知人の石田を紹介するとともに、電話で石田に対し被控訴人らの意向を伝え、後日被控訴人らとともに会う約束をした。

3  石田は、同人の父が経営していた旅行業を手伝つていたが倒産したため、その後自らが旅行業を営むことを計画し、その登録をするまでの間「小堀観光」に籍を置き、石田が個人で依頼を受けた業務についてはその利益を石田が六、控訴人が四の割合で分配していたが対外的には「小堀観光」の従業員としてその業務に従事していた。なお、石田は被控訴人から本件旅行についての依頼を受けるまでは、海外旅行客を取り扱つたことはなかつた。

4  被控訴人両名は、鷹尾とともに、昭和五九年四月初め頃、石田と会い、同人に対してハワイ旅行に必要な手続を依頼した。その際、石田は、当時、噂として暴力団関係者には旅券や査証が下りないと聞いており、さらに、鷹尾が暴力団関係者であるとも聞いていたので、同人に対して、被控訴人太郎について、「鷹尾さんみたいな人ではないのでしようね。」と尋ねたところ、鷹尾は、「大丈夫や、普通の会社員だ。」と答え、「自分も行きたいけど仮釈放中なので行けない。」などと話していたので、被控訴人太郎が暴力団関係者であることを疑うことなく、被控訴人らの申し込みを受けることにし、予め鷹尾を通じて指示していた旅券申請に必要な被控訴人らの戸籍抄本、住民票、写真などを受領した。その際、石田は、「小堀観光」は国内旅行業者であるため、海外旅行に関しては、単に当該業者を紹介して仲介するだけで、その後の手続きは右業者において全て行なうものと考え、他方、被控訴人らは、これら手続も「小堀観光」において行うものと考えていた。

5  右石田から被控訴人らの依頼を聞いた控訴人は、日本旅行社にこれを問い合わせたところ、被控訴人らの希望する日時には空席がなかつたので、石田にその旨を伝えた。ところが、たまたま旅館やバス等の手配を業とする会社「T・T・Oグループ」の社員西川孝一がその場に居合わせていたため、石田は、右西川に「ハワイに新婚旅行に行くことを予定している人がいるので頼みたい。」と申し向け、被控訴人らのハワイ旅行について海外旅行業者の紹介を依頼した。そこで、西川は、いくつかの海外旅行業者に当たつた結果、日程及び費用の面で被控訴人らの希望に適うものとして、京都の旅行業者であるトラベルエキスパート社が主催するハッピーホリデーツアーを見付け、被控訴人両名の名義で右ツアーへの参加申込をするとともに、被控訴人ら自身に旅券の申請手続をとらせるべく、西川において用意した右の申請用紙を「小堀観光」の事務所に届けた。

6  その後、被控訴人らは、鷹尾を介して石田から、「旅券の申請は本人自らが出頭しなければその交付を受けることができない。」として、右西川から受領した旅券申請用紙と先に石田に渡してあつた戸籍抄本等を手渡されたため、ともにその本籍地である兵庫県の旅券課に出頭して右申請手続をなし、同年四月一〇日頃旅券の発給を受けた。ところで、右申請書の用紙(乙第四号証の一、二)には、申請者自らが記載すべきものとして、現在日本国法令により、犯罪の容疑で起訴されているか、執行猶予又は保護観察の処分を受けているか等の質問事項を記載した刑罰等の関係欄があつた。

7  一方、西川は、トラベルエキスパートが、前記ツアー参加者のために、アメリカ合衆国総領事館に対する査証申請手続を代行することになつていたため、被控訴人らの査証申請書を作成してトラベルエキスパートに提出することにし、その前提となる「米国査証申請のための質問書」(乙第一号証)を「被控訴人ら本人に書いて貰つて下さい。」と注意して「小堀観光」の事務所に届けるとともに、自ら被控訴人らと面会して右質問書を回収すべく、石田に対して日時を定めて、被控訴人らが右査証の申請に必要な前示旅券を持参して右事務所に来るように伝言するよう依頼した。なお、西川は、本件旅行に関しては、これを被控訴人らの依頼を受けた「小堀観光」こと控訴人とトラベルエキスパートとの間の斡旋仲介をしただけであつた。

8  被控訴人らは、西川から指定された昭和五九年四月一七日頃、前示旅券を携えて「小堀観光」の事務所を訪ずれた。しかし、西川は、所用のため右指定の時刻に間に合わなかつたため、右事務所に留守番をしていた控訴人の妻小堀順子に対し、電話で被控訴人らに待つていて貰えるかどうかを問い合わせたが、「帰ると言つている。」とのことであつたため、「せめて質問書だけでも書いて貰うように。」と連絡した。そこで順子は、被控訴人らに対し、右質問書への記入を求めたが、その際、被控訴人らに対し「良く質問を読んで答えて下さい。ただ、分からない部分は空けておいて下さい。」と注意し、被控訴人らも、右順子に相談しながらこれを記載した。

右質問書は、前記のとおり「米国査証申請のための質問書」と題し、次いで、「アメリカ合衆国へのご旅行には、入国査証の取得が必要となつております。アメリカ訪問者査証申請書を正確に作成するため、お手数ですが、下記質問事項を、ご自身でもれなくご記入のうえ、ご署名ご捺印下さい。」と記載され、氏名、生年月日、出生地、国籍など三六項目にわたる質問事項のほか、旅行中の国内連絡先なども記入することになつており、その様式は米国神戸総領事館届出規格によるものであつた。

そして、右質問書第35項には、冒頭に太字で「重要事項」、「すべての申請者は、下記の事項を読み答えなければなりません。」、「下記のいずれかがあなたに該当するように思われますか?」との記載がなされ、次いで「何らかの罪を犯して逮捕され、『有罪の判決をうけたことのある人』(以上の『』内は太字で記載。)』の質問事項について「はい」、「いいえ」で答えるべき欄があり、さらにその第36項には「私は、この質問書に述べられているすべての質問事項を読み且つ了解したこと、さらに、本書に記入した私の答えが、私の知る限り、また信じる限り真実であり、正確であることを証明します。私は、米国に到着した時に入国資格がないと分つた場合は査証を持つていても入国出来ないことを承知しております。年月日、申請者署名file_3.jpg」と記載されている。右順子は、被控訴人らの右質問書に署名押印後、被控訴人両名から右質問書とともに後日の訂正に備え、その印鑑を預つた。

9  一方、西川は、右順子から被控訴人らの前示質問書を受取り、これによつて査証申請書を英文でタイプしたが、その際、石田に対し右の第35項の重要事項に関し、「甲野さんという人は、やくざとかそんなんではないでしょうね。」と尋ねたところ、石田は、それまで被控訴人ら及び鷹尾から聞き知つたところから「普通のまじめなサラリーマンです。」と答えたので、右質問事項の記載内容に関しては疑念を抱くことなく、右申請書を作成してトラベルエキスパートに届け、同社は、同月二〇日頃、これをアメリカ合衆国神戸総領事館に提出した。

10  被控訴人らは、同月二三日、控訴人に旅行代金四七万四〇〇〇円を支払つて、「小堀観光」名義の領収書を受け取り、控訴人は、西川を通じて右代金をトラベルエキスパートに届けた。

11  被控訴人らの査証は、前記申証に基づいて同月二四日頃発給されたため、石田は、被控訴人らに対し、同月二五日の出発当日、空港で西川という男性から旅券、査証、航空券等を受け取るよう指示をした。

12  西川は、右同日、大阪国際空港で被控訴人らに右旅券等を手交したが、その際、被控訴人太郎は、それまで西川が聞き知つて抱いていた「真面目なサラリーマン」との印象とは異なり、頭髪がいわゆるパンチパーマであり、白ずくめの服装をしていたことから意外の感を抱き、半ば冗談めかして、「その筋ではないですね。」と尋ねたところ、「アホなことをいうな。」とのことであつたため、それ以上の疑問は抱かず、被控訴人らは、ハワイ旅行に出発した。

13  被控訴人らは、同日ハワイホノルル空港に到着して入国手続をした。ところが、当時アメリカ合衆国においては、ロスアンゼルスオリンピックを控えて犯罪の予防、及び日本からの暴力団(いわゆる「ヤクザ」)の進出の防止に神経を尖らせ、入国管理当局においては、ヤクザであるか否かの識別方法として、入れ墨の有無及びいわゆる指を詰めているかどうかを挙げ、これに該当する場合には、日本の警察に対して照会をし、これによつて入国希望者が過去に犯罪を犯して逮捕され、有罪判決を受けた者であることが判明したときは、査証申請に際して虚偽の陳述をし、また違法に取得した査証を使用した罪により処罰し、国外退去を命ずるという方針で臨んでいた。ところが、被控訴人太郎は、かつて暴力団に所属していたことがあつて小指を詰めており、また、逮捕歴、前科も有していたことから、入国手続に際して係官から右小指の欠損を発見され、日本への照会の結果、逮捕歴、前科の存在も発覚したため、査証申請に際して虚偽の陳述をし、また、違法に取得した査証を使用したとの容疑によつて身柄拘束を受け、右事実によつて起訴されるに至つた

14  その刑事裁判手続において、被控訴人太郎は、右起訴事実のすべてを認め、その結果、請求原因3記載のとおりの有罪判決を受けたうえ、国外退去処分を命ぜられ、昭和五九年五月二日、被控訴人花子ともども帰国するに至つた。

二右の認定事実によれば、控訴人と被控訴人らとの間には、控訴人の従業員石田を介して、被控訴人ら自身の行為を必要とするものを除き、ハワイ旅行をするのに必要な諸手続を控訴人において取り扱うことを目的とする委任契約が成立したものということができ、控訴人は、右事務の処理にあたつて、西川を履行補助者として使用したものというべきである。

三そこで、被控訴人らの主張するように、査証申請ないし入国に要するアメリカ合衆国の取扱いの実情を十分調査したうえ、被控訴人太郎の逮捕歴、前科の有無を確認すべき義務が、右委任契約に含れるかどうかについて検討するに、アメリカ合衆国の取扱いの実情の調査の点は暫く措き、本件のような査証の申請について要求されるところの、逮捕歴や前科の有無の如きは、通常申請者本人しか知り得ない事項に要するものであつて、プライバシーに関する事柄でもあるから、これらの事項については、本来、申請者自身の申告に俟つべき性質のものである(前示質問書が、冒頭に「ご自身でもれなくご記入のうえ、ご署名ご捺印下さい。」と記載し、さらに前示第36項に記載されている宣誓的文言も、この趣旨によるものと解される。)から、旅行業者たる控訴人において、被控訴人らに対して適法にアメリカ合衆国に入国、滞在することができるように、その逮捕歴、前科の有無まで確認すべき義務があつたとまで解することは到底できない。なお、旅行業者が航空券の購入、宿泊先の手配など本来の義務のほか、旅行者に対して査証申請手続の一部代行をする場合が見受けられるが、これは単に、申請者の内容をタイプするとか、申請書を領事館に届け出、査証を受領するといつた機械的もしくは申請書記載の内容を離れた外形的な行為について、申請者の代行をするものであつて、これは通常旅行を目的とする委任契約に付随し、もしくはサービスとしてなされているもので、それ以上のものではない。

本件においてこれをみるに、前叙認定事項によると、被控訴人太郎は、逮捕歴、前科を有しながらも前示質問書第35項の「重要事項」欄に、「何らかの罪を犯して逮捕され、有罪の判決を受けたことのある人。」に関する質問事項を了知していながら、記載をしなかつたものというべきであり、また、控訴人側関係者においても、本来査証申請当時被控訴人太郎の右質問事項に関する記載に疑を挾さまず、これを疑うことが相当であつたとの事情を認め得ないことも、前叙認定事実に徹して明らかである。そうすると、被控訴人太郎は、逮捕歴、前科の有無について、これを肯定する記載のない質問書を控訴人側に提出し、これに基づいて作成された査証申請書によつて本件査証の発給を受けたのであるから、査証申請に際し虚偽の陳述をして違法に査証の発給を受けたものというほかはない。

それならば、右査証を用いてアメリカ合衆国ハワイに旅行した際、被控訴人太郎が、右虚偽の陳述及び違法に査証の発給を受けたことを理由として、身柄拘束、有罪判決、国外退去処分を余儀なくされ、被控訴人花子もこれがため旅行の目的を達することができなかつたとしても、それは被控訴人太郎自らの虚偽の申述に基づくものであつて、いわば自業自得というべきものであるから、これを控訴人の責に帰することはできないものというべきである。

四以上の次第で、被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これをすべて棄却すべきである。

よつて、これと結論を異にする原判決中控訴人敗訴部分はこれを取り消し、被控訴人らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長久保武 裁判官諸富吉嗣 裁判官梅津和宏)

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